C E N T R A L
 兵庫県体育協会 平成13年加盟
 
兵庫のエース
   

 日本のエース 吉田 達也選手
 近畿パワーで322.5kgの自己新で引退!。

日本パワー界の重量級を、引っ張ってきた吉田達也選手が、急死して僕たちで何か出来ることはないかと、いろいろ考えた結果、やはり吉田達也はパワーリフティングだろうとのことで、近畿パワー大会を最後の引退の舞台にしようじゃないかとのことで、大阪協会副理事長の廣岡 覚氏と山本 貴之氏が筆頭に立って、今回引退セレモニーを行うことになりました。
近畿パワーのパンフレットには、吉田達也選手の偉大な成績を、パワーハウスの吉田寿子編集長に成績の整理を依頼。そして葬儀の時に、親類以上に号泣していた、西村夫妻には、セレモニー時の遺影を持つセコンド、審判を依頼しました。またライバルの新田昌和兵庫協会副理事長は主審、親交が厚かった廣岡富貴子大阪府理事にも副審を依頼して、11月6日の近畿パワーを迎えました。
前日に吉田選手のお父様からお電話を頂き、当日セレモニーに出席してくれるとのこと。これで吉田達也の引退の舞台は整いました。
まずは山本副理事長より、過去の思い出を語ってもらい、そのあと日本パワー界に多大の実績と貢献をしたとのことで、兵庫協会副会長の仲博幸から感謝状を、吉田選手のお父様に授与。そしてセコンドの西村政志が両手にしっかりと遺影を持ち、最後の322.5kgのバーベルがある、プラットホームに向かい、バーズローデットがかかりました。
近畿パワーに出る選手とスタッフ、そして観客が見守る中、スクワットのコールがかかり、黙祷。黙祷が終わり、ラックのコールのあと、見事322.5kg成功、吉田達也選手自己ベストで、引退を飾りました。
僕も、セレモニーをするまではいかにセレモニーを、成功するかばかりを考えてましたが、無事終了して、廣岡富貴子さんが泣いているのを見て、もうだめでした。
そして西村政志選手には、過去の吉田選手への思い出を書いていただきました。原文のまま紹介します。


本当に突然の出来事でした。今でも悪い夢を見てるような気がします。
携帯の着信履歴を見ると、10月6日午後9時50分。残業を終え、自宅マンションの駐車場に車を入れた時でした。携帯の着信がありました。妻の泰子からでした。おかしい……いつもメールで、滅多に電話をかけてこないのに。何かあったのか……。悪い予感がしました。
『落ち着いて聞いてね。たっちゃんが車の中で死んでたって』たっちゃん?たっちゃんて吉田達也?そんなはずがないだろう。何を言ってるんだ。俺と同い年だぜ。36歳で、しかもあんな頑丈な男が死ぬわけないだろう。
部屋に帰り、リビングで試合のビデオを見てみる。300KGのスクワットを軽々と成功させる達也。こいつが死ぬわけない。そう思ってるのに、涙が止まらない。あかん、泣いたら死んだのを認めたみたいやないか。そこへ練習を終えた妻が帰宅してきた。顔を見た瞬間、さっきの電話は悪い冗談ではないことがわかった。なんでや、なんであいつが……。頭の中がパニックになって、何が現実なんか……。こういうのを錯乱というのだろうか?
妻が泣き出した。『おかしいよ。順番が違うよ。私より若いんだよ。それに前にたっちゃんと喧嘩したまんまなんだよ。仲直りしてないのに死なれちゃ困るよ。』
翌日、一睡もできないまま職場へ。妻は仕事を休んで連絡係。玄関で『身元確認したら違う人かもよ。』そうだよな、たまに新聞にそういう人違いの記事載ってるもんな。
集中できないまま、仕事をしていると電話。『今日7時から通夜、明日11時から葬式』……それって達也がこの世からいなくなったってこと?なんでや!もう仕事にならない。
荒上さん、上田くん、沖縄から駆け付けた平櫛さんと連絡を取り、通夜会場へ……。そこには認めたくない現実が……。
おかしいよ、大きな体を窮屈そうに柩におさめられてるなんて。まだまだ早いよ。おまえは大好きな車や体育館の中にいるのが一番おまえらしいのに。同い年なのに……。こらえても、こらえても涙が……。
そこへお母さんがいらして、状況説明をしてくれた。帰宅途中に脳幹血栓を起こしたとのこと。あまりにもあっけない。お母さんは時折笑顔を交えながら、『こんなにたくさんの仲間が来てくれて、達也は幸せです。元気出して達也の分も頑張って下さい』……逆に慰められてしまった。一番辛いはずなのに。こんな親御さんに育てられたから、達也は愛すべきやつだったんだな。
純粋でお人よしで、だからこそ騙されないか皆が心配するような、今時珍しいくらい世間擦れしてない男だった。パワーにかける気持ちは一途で、優勝もよくしてたな。全日本で110KG級で俺と対決した時は、友達なのにライバルなのが辛くて、達也のデッドが終わった途端にセコンドの荒上さんと3人で抱き合って泣いたな。
真面目なだけじゃなく、一風変わったというか、面白い奴でもあった。全日本で『今日のベンチシャツはよく下りるわ。』って言うから見たら、前後逆に着てたり。秋田の全日本では、試合後に試合道具と一緒に帰りの飛行機の切符を宅急便で送ってしまって、俺達と一緒に妻の実家に泊まったり。
なぜか勘が鋭くて、妻の実家の秋田から秋田小町の新米が届いたり我が家の晩御飯がすき焼きの時に限って、『今、近くにおるんやけど、晩御飯食べに行っていい?』って電話がきて、3人で米一升食べたっけ。
とにかくよく食べる男だった。焼肉食べ放題が大好きで、 制限時間いっぱい食べてた。『焼肉食べ放題の後でたっちゃんがクシャミすると、鼻からユッケが出てきた』という逸話ができたほど。
情にも厚く、妻が腰が痛いと言ったらわざわざ岸和田まで来て、病院に連れて行ってくれたよね。俺の誕生日には必ずメールをくれて……。人に対して気配りをする男だった。
いきなり『鳥取で漁師になる』と言って、皆を驚かせたこともあったよね。『もうパワーはできないだろうから、あげるわ』言うて、バンテージをいっぱいくれて……。その時『たっちゃんが死んだら形見にするわな。』って冗談のつもりで言ったのに……。こんなに早く現実になるなんて。
通夜や葬式でも、参列者のほとんどはたっちゃんより年上の人間だった。おかしいよ。『いい人から先に逝く』ってよく言うけど。
出棺の時に、それまで気丈に振る舞ってらしたお父さんが『たつやあぁぁ』って叫んだ悲痛な叫び声が耳から離れないよ。ご両親、妹さんの気持ちを考えるとせつなくて、胸が張り裂けそうや。
11月6日の近畿パワーでたっちゃんの引退試合をして、俺はたっちゃんの遺影を持たしてもらって、パワーベルトを形見にもらったけど、そのベルトを巻く気にはなれないよ。たっちゃんみたいに練習熱心になって、恥ずかしくない選手になったら巻くわ。
一つ文句言わして貰えるなら……たっちゃん、おまえはホンマにいい奴だったけど、最後におもいっきり親不孝したな。親より先に逝くなんて。近畿パワーに来たお父さんは痩せて小さくなってたぞ。これからはご両親を天国から見守ってあげてな……。俺も偉そうなこと言えないけどね。二人して血圧が高いとか脂肪肝とかよく喋ってたもんな。あの時、『一緒に医者行こう』って言えばよかったな。ホンマにごめんな。
平櫛さんと別れ際に、『俺達はずっと元気で会い続けような』って誓ったよ。だから、しばらく会えないけど40年もしたらまた会えるから、待っててな。
ホンマは今すぐにでも会いたいよ。幽霊でもいいから会いたいよ。
もうじき秋田から新米が届くよ。また飯喰いに来てくれよ。たっちゃん用の箸と茶碗はずっとおいてあるからな。
最後に―18歳で知り合って、今まで本当にありがとう。たっちゃんのことは絶対忘れないよ。
         ―合掌―

以上のようにいただきました。なんか文章でも、親友やったんやなあと言うのが伝わります。奥さんの恭子さんに聞くと、ものすごく落ち込んで、ずっと泣いてたと言います。このメールをいただいて、届いた旨のメールを返信すると、恭子さんから、

いえいえ、そんな。主人も気持ちの整理ができて、少し落ち着いたみたいです。
若い選手やベンチプレッサーの方々にも少しでもたっちゃんの人柄とか、偉大さを知ってもらえたら幸いです。
いい機会を与えてもらってありがとうございました

と返信をいただきました。確かに、吉田達也選手は2000年以降世界選手権以降、試合に出ていない。
最近試合に参加した選手ならわからないだろう。だけど吉田達也選手成績を紹介した時は、ものすごい強い選手がいたんだなあ、という若い選手からの空気を感じました。
今回、吉田選手のような強くて温かい選手が、この近畿から出るようにとの願いをこめて、最優秀新人「吉田達也賞」を作りましたが、該当選手特に、選考ライン上の選手にきくと、かなりこの賞をほしがっていました。
今回その選考に挙がったのは、ベンチで感動的なノーギア日本記録を樹立した、酒井淳也選手。デットリフトで、足に落として怪我をした中でも頑張って標準記録を出した、広永賢治選手。初出場で、ノーギアの部で参加選手中、絶対重量で1位だった陣内秀聡選手、15歳の中学生でノーギアで450kgをたたき出した西村義人選手が上がりました。その中から、一番若くて今後のびのびと大きくなって、楽しく、長く、そして強いリフターになってもらいたいと思いをこめて、西村義人選手に吉田達也賞を送りました。
また来年、皆さんの声があれば、「吉田達也賞」続けていきたいと思います。今回吉田選手を皆さんで送れてほっとしました。お父様からも感謝の声をいただきました。このセレモニーは皆さんが協力していただいて、いいものに出来上がりました。今後は一人でも多く、パワーリフティングの試合に選手が出てもらって、その選手たちが少しでも自己新を出すことが、最高の供養だと思います。その選手たちの姿を、吉田達也は温かく見守っていると信じて・・。

山本大阪副理事長が思い出を語った お父様に仲副会長から感謝状が授与された
自己新に向けて、セコンドの西村政志と最後の試技へ。 最後の試技を無事成功で終わり、西村選手とお父様。
セレモニーに参加した左から、塩田・お父様・西村政志・西村恭子・廣岡富貴子 最優秀新人の西村義人選手。未来に向かって更なる発展を期待します。


吉田 達也さん  35歳
大阪府パワーリフティング協会 理事

全日本パワーリフティング選手権 4回優勝
アジアパワーリフティング選手権 準優勝
世界パワーリフティング選手権 6位入賞

など輝かしい戦跡を残す、まさしく近年のパワー界の至宝。
2000年秋田世界選手権を最後に、試合からは遠ざかるが、
大阪パワーリフティング協会理事に就任し、後進の育成に尽力する。
ライバルは同じ大阪の西村政志。